ナラティブ理論・アプローチ
ナラティブ(narrative)とは、英語で「物語」や「話術」などを意味する言葉です。言葉の意味としてはストーリーに似ていますが、ストーリーは「物語の内容そのもの」を指すのに対し、ナラティブは「物語の語られ方」を指します。
福祉の実践の場における「ナラティブアプローチ」は、クライエントをケアする際にクライエントが語る「物語(ナラティブ)」を通して、解決方法を見出していくアプローチ方法です。
1.ナラティブアプローチって?
ナラティブアプローチは1980年代後半頃に提唱されまじめました。ソーシャルワーク以外にも、医療・臨床心理・キャリアコンサルティング、司法の場など様々な分野で取り入れられています。
クライエントが抱える課題は、クライエント自身の中にもともとあったものとは考えずに、外から入り込んだものと考えます。そのため、クライエントと課題は切り離すことができると捉えます。
社会構成主義がナラティブの根底
社会構成主義では、現実は最初から決まっているものではなく、社会の中で言葉を通して意味づけられ、つくり上げられていったものと考えます。絶対と言える現実は無く、社会によってつくり上げられた、様々な現実が存在していると考えます。
ナラティブアプローチの特徴
ナラティブアプローチには大きく4つの特徴があります。
- 対話を重視
クライエントを主人公として物語を話してもらい、丁寧に聞きます。クライエントが語った内容をもとに、クライエントの解釈を専門家との対話を通して課題解決への進みます。対話では、ありのままを受け入れて、詳細を聞き入れることを大切にします。 - 対等な立場
クライエントと支援者はお互い対等な立場で対話をします。支援者がクライエントから相談を受けるということではなく、クライエントの解釈を理解することが支援者の大きな役割となります。 - クライエントの尊重
対等な立場で進められるナラティブアプローチでは、支援者の価値観による要求や提案は行わないとされています。クライエントを尊重した対話により、課題解決に導いていきます。 - 無知のアプローチ
聞く側となる支援者は「専門性を振りかざさない」「わからないことは正直にわからないと認める」など、無知のアプローチを心がけます。
期待できるナラティブアプローチの効果
- 課題整理
クライエントが語る物語を受け止めることで、クライエントの課題を把握・整理することができます。 - 信頼関係を築ける
双方向のコミュニケーションにより課題解決を目指すため、双方の距離感が縮まり信頼関係を構築することができます。 - 安心感を与えられる
専門家の知識の影響や、専門家の強要の心配が無く対話を進められるため、クライエントは安心感をもってナラティブを話すことができます。
2.「物語」の考え方
物語によって人生を意味づける
人は、人生の出来事を過去・現在・未来とつなげて物語をつくっています。また、その物語によって自身の人生を意味づけしています。
時間軸に沿って記憶がつながり、物語は一つにまとまります。
スポーツを例にすると、小学校での運動会やスポーツ少年団の活動、中学校や高校での体育祭や部活動のワンシーンが記憶としてつながり物語となります。その物語を思い出すたびに、自分は「負けず嫌い」や「努力をする人間だ」などの意味づけを思い出します。
課題が染み込んだ物語「ドミナントストーリー」
ドミナントストーリーとは、悩みや心の苦痛、または過去の失敗や劣等感など、否定的に捉えられた物語のことです。ドミナントストーリーを抱えたクライエントは、それだけが自分を語る現実だと思い込んでいることも多いと言われています。
ドミナントストーリーが積み重なることは、クライエントへの悪影響が増していくことになります。マイナス思考の悪循環が発生し、将来の行動や考え方への抑圧にもなってしまうこともあります。
新しい物語「オルタナティブストーリー」
オルタナティブストーリーとは、ドミナントストーリーに代わる新しい物語です。
オルタナティブストーリーは、クライエント自身が語り見出すもので、前向きに捉えられた物語のことを指します。これは、クライエントが希望する生き方に合致するものとされています。
ドミナントストーリーの中には、隠れていた物語に馴染まない出来事があります。その出来事が登場した時にクライエントへ質問していくことが、オルタナティブストーリーを作り上げるきっかけとなります。
3.ナラティブアプローチの手法
ナラティブアプローチでは、アセスメントやプランニングなどは特に区別しないとされています。これは、クライエントの課題を探るような質問もしなければ、課題を解決するためのプランも作成しないということです。
支援者の考えで誘導することが無いように、純粋にクライエントの語りに関心を向けて、クライエント自身も気づいていない真実を探していくことになります。
ドミナントストーリーを受け止める
共感を意識しながら、課題が染み込んだ物語を傾聴します。
「どのような経験をしてきたのか?」というような会話を通して、クライエントが経験してきた現実を深く理解しようとします。
辛い過去を語ることがクライエントに大きな負担になる場合には、物語を広げるような会話を組み込みながら、クライエントの感情に配慮する必要もあります。
クライエントから課題を切り離す
クライエントから課題を切り離すことは、ナラティブアプローチ一連の中で継続されるものです。
クライエントに対し、課題を切り離すことができるということを理解してもらいます。
ドミナントストーリーからユニークな結果を探す
ドミナントストーリーに埋もれていた出来事に焦点を当てます。これは、これまで気付くことが出来なかった現実を思い起こし、課題を乗り越えた経験や、自身の強み、課題に対する対応能力などを見出せるように対話をします。
ドミナントストーリーに埋もれていた、ユニークな出来事に気付いた時にオルタナティブストーリーが始まるとされています。
オルタナティブストーリーを作る
課題を乗り越えた経験や、気づいた自身の強みは単なる出来事にせず、物語としてつなげ意味づけすることで、さらに前向きな物語を作り上げます。
「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どのように」などあらゆる質問を使うことで、出来事の風景をより探究することができます。
オルタナティブストーリーを強める
前向きの捉えた物語「オルタナティブストーリー」を作れても、古い物語「ドミナントストーリー」に負けてしまうこともあります。それほどドミナントストーリーの影響力があると考え、オルタナティブストーリーを強化する必要があります。
具体的には、クライエントのオルタナティブストーリーを支持してくれる人物とつながる、手紙・宣言書・決意を思い出す写真や音楽などを用いて、決意を形に残すなどがあります。
4.ビジネスでも活用されるナラティブアプローチ
人材マネジメント
組織におけるナラティブアプローチの活用は主に人材マネジメントで活用されています。
部下から相談を受けた上司が、一方的に指示やアドバイスをするよりも、部下の話を受け止めて客観的に課題を発見し、物語を前向きに捉えられるようにしたほうが、人材マネジメントとしても効果的と考えられています。
キャリアカウンセリング
従業者のキャリアに関するカウンセリングにも、ナラティブアプローチは活用されています。
自分に適した仕事を自分自身で判断するのは意外に難しいものです。
これまで経験した仕事を物語として語ることで振り返りになり、自分で誤解していた事柄などを解消することで、本当に歩みたいキャリアを考えることが出来ます。
マーケティング
マーケティングとは、簡単に表現すると「商品やサービスが売れる仕組みをつくること」であり、ナラティブを活用したマーケティングに取り組む企業さんもあります。
ナラティブマーケティングは、消費者の抱いている物語に目を向けて、それに対する共感が得られるように商品開発・宣伝などを進めていく手法です。
5.まとめ
ナラティブ理論・アプローチでは、「人が問題ではなく、問題こそが問題。」と捉えます。
ナラティブ理論・アプローチの特徴は「対話」にあり、まずクライエントの話をありのまま受け入れることから始まります。
クライエントを主人公とした会話から、対等な関係性で話し合うことで、クライエント自身が課題を解決するきっかけに気づき、これまでと違った考え方が芽生えます。
クライエントが主体的に語り、自身の偏った物語の考え方に気づいたり、物語の中に新しい自分の価値を見つけていく手法と言えます。
参考文献:川村隆彦.2011.ソーシャルワーカーの力量を高める理論・アプローチ